MADOCAプロダクトのリアルタイム配信の体験

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MADOCA(multi-GNSS advanced demonstration tool for orbit and clock analysis, まどか)とは

GPSなどの測位衛星は、自らの位置や内部時計の補正値の推定結果を放送して、受信機の測位に必要な情報を提供しています。測位衛星電波のみより、静止した受信機位置を求めると、一点に止まって表示されるはずです。しかし、実際には動いているように表示されることがあります。このような「測位誤差」の大部分は、

  1. 衛星位置情報に含まれる誤差、
  2. 衛星が放送する時刻にはズレを含むことを認めた上で、その衛星が放送する時刻ズレ補正値に含まれる誤差、
  3. 天空にある電離層電子密度の濃淡に起因する遅延量モデルパラメータと、衛星から放送された遅延量モデルパラメータとの誤差

により生じるといわれています。これらの誤差を軽減するためには、2つの方法があります。

観測空間表現(OSR: observation space representation)という方法は、基準局位置が正しいものと仮定して、その基準局との相対位置を推定します。これは、上述の項目1から項目3までの誤差を一括してキャンセルすることを目指す方法です。RTK(realtime kinematic)はOSRに分類されます。

一方、状態空間表現(SSR: state space representation)という方法は、項目1から3までのそれぞれの誤差要因を考察して、観測値に対するそれぞれの補正量を推定します。SSRに分類されるMADOCAは、宇宙航空研究開発機構(JAXA: Japan Aerospace Exploration Agency)により開発されたソフトウェアであり、 上述の項目1と項目2の推定補正値(このような補正値を「プロダクト」と呼びます)が無償で一般公開されています。MADOCAプロダクトは、みちびき1号機からの電波と、インターネットのいずれかから、リアルタイムに得ることができます。項目3の補正値は、測位衛星が放送する複数の測位信号を用いれば、その誤差を完全に消去できると言われていますので、この補正は利用者が考えることになっています。しかしながら、MADOCAプロダクトは、利用場所に起因する項目3の補正値が含んでいないために、世界中で利用することができます。

MADOCAのポイントは、リアルタイムにプロダクトが配信されるところにあります。測位衛星ごとの精密な位置や時刻補正値の「正解」は、約2週間後にIGS (International GNSS Service)により最終プロダクトとして公開されています。すなわち、後にMADOCAプロダクトの正しさが検証できてしまうので、MADOCAは常に評価にさらされているといえます。

MADOCAプロダクトのインターネット配信申し込み

みちびき1号機が送信するL6E信号を受信でき、その内容を解読できれば、誰でもそのMADOCAプロダクトを利用できますが、L6E信号の受信機はまだ一般的ではありません。そこで、今回は、MADOCAプロダクトのインターネット配信を申し込み、SSRを試してみました。利用申請書には、所属機関名、住所、氏名、連絡先、利用分野や目的、NTRIP形式での希望ユーザ名(すでに申し込んでいるととの重複がなければそのユーザ名が認められるようです)、使用期間、ストリーム数を記載し、申請先に電子メールへの書類添付にて申請します。私は使用期間を1年間、使用ストリーム数を1として申し込みました。その後、電子メールで返信があり、希望アカウント名に対するパスワードが通知されました。

比較対象としてのRTK

RTK results

はじめに、OSRであるRTKを用いて静止した目標の位置を測定した結果を示します。私の設置した1周波RTK基準局に対して、その近傍にあるRTK体験用移動局の位置をプロットしたものです。この体験用移動局は、実際には固定していますので、一点に止まって表示されるのが理想です。RTKを用いない単独測位の結果をここには示していませんが、ランダムに東西南北方向に5メートル程度のばらつきを示しました。RTKの結果は、上記のように、測位開始後から連続的な5メートル程度の位置推定の試行錯誤を行いながら(フロート解)、最終的には静止している答え(フィックス解)にたどりつきました。

MADOCAを用いた精密位置測定

次に、SSRであるMADOCAプロダクトを用いて精密位置測定(PPP: precise point positioning)を行います。MADOCAプロダクトの利用には、本来ならば、ひとつの測位衛星が放送する2以上の周波数の電波を同時に受信でき、かつ、その内部情報である積算デルタレンジが出力できる「多周波受信機」が必要になります。ここでは、あえてこの1周波RTK基準局に対してのPPPを試みました。ここでの評価は、上述の項目3に起因する誤差が含まれる、不利な条件での評価です。

インターネットを経由したMADOCA補強情報受信の設定方法は、MADOCAプロダクト申請ページに書かれています。

測定の様子を以下に示しますが、実行直後からPPP解が得られます。

PPP with MADOCA

この静止目標に対する、MADOCA-PPPの位置プロットは次の通りです。

MADOCA-PPP results

単独測位やRTKフロート解において存在した東西南北方向の5メートル程度の測位結果のばらつきは、MADOCA補強情報により1メートル程度にまで小さくなりました。

測定目標が異なるために、このRTKの結果とMADOCAの結果とは同一の緯度経度にならないことに注意が必要です。RTKの比較対象において、基準局と移動局との設定を入れ替えるべきでした。

MADOCAによる衛星自己位置補正と衛星時刻補正の情報により、固定目標に対するばらつきが小さくなることがわかりました。思っていたより良い結果でした。一般に、何かの値を補正しようとすると、かえって精度が劣化することもあるものです。補強情報の提供は、苦しい側面があります。

今後は、多周波受信機を用いたMADOCA精密測定や、みちびき1号機が放送するL6E信号によるMADOCA精密位置測定も試してみたいです。