円偏波アンテナの実験(失敗)

category: radio
tags: antenna

はじめに

電波は横波です。進行方向に対して、電界は直角の向きに生じます。かつての日本のアナログテレビの受信アンテナは、地面に対して水平に取り付けられ、水平偏波(へんぱ)の電波を捉えていました。現在の日本の地上ディジタル放送では、垂直偏波と水平偏波の利用が混在しています。移動無線通信では、主に垂直偏波が用いられます。

GPS測位など、宇宙と地球との間で電波による信号伝達を行うときには、時間とともに偏波面が回転する円偏波が用いられます。ここでは、地球地面に対して水平や垂直を定義できないためです。

今回、電波が外部に漏れないように配慮しながら、円偏波電波の送受信実験をしてみました。

overview of circular-polarization antenna experiment

右旋円偏波と左旋円偏波

偏波の異なる電波は受信できないことになっています。しかし、陸上移動無線通信などでは、反射や散乱などの電波伝搬の過程で偏波面の回転が起こるために、偏波が異なる電波であっても受信できることがあります。それでも、送受信間での偏波の不一致は、電波強度を弱めます。

直線偏波に垂直偏波と水平偏波とがあるように、円偏波にも右旋偏波(うせんへんぱ、RHCP: right-hand circular polarization)と左旋偏波(LHCP: left-hand circular polarizatin)とがあります。直線偏波と同様に、円偏波でも、偏波の不一致は、受信電波強度の低下をもたらします。例えば、GPS衛星は、RHCP電波を放送することになっています。

円偏波電波の放射は、ヘリカルアンテナ45度傾けた波長板位相を90度シフトして2点給電するターンスタイルアンテナ縮退分離素子を用いたマイクロストリップアンテナなどにより達成できることが知られています。

ここで利用した機器は、RHCPアンテナ2本、LHCPアンテナ1本、同軸ケーブル切替機1台、そしてネットワークアナライザです。ネットワークアナライザは、周波数を掃引(そういん)しながら、高周波の送受信を行い、振幅と位相を測定する機器です。円偏波アンテナとして、広帯域で使用できるアルキメデス(スパイラル)アンテナを利用しました。私は、400 MHzから10 GHzまで利用できるアルキメデスアンテナを購入しましたが、後に、より小型で安価なものが発売されています。私は、色々な電波を観測したいので、このアンテナに満足しています。

下の写真のアルキメデスアンテナは、RHCPのものです。これは、右手の親指を電波放射方向に向けたとき、そのほかの指の曲がる方向に偏波回転しながら電波放射します。

overview of circular-polarization antenna experiment

このRHCP電波を受信するためには、LHCP構成のアンテナを用います。時計の針は、右回りに回転しますが、その時計の裏では左回りに回転するように見えます。同様に、受信アンテナを送信アンテナに正対させると、受信アンテナでは電波の進行方向とは反対を向いているので、受信偏波は送信偏波に対して相対的に反転して観測されます。

電波が壁面などに垂直反射するとき、電波の進行方向が逆になる一方、偏波回転自体は保存されるため、反転した偏波が観測されます。しかしながら、円偏波電波は、斜め反射により楕円偏波電波になり、RHCPとLHCPの両方の成分を持ちます。特に、RHCPレベルとLHCPレベルが一致するときには直線偏波になり、これを円偏波アンテナで受信すると、同一偏波アンテナで受信したときと比較して、電波強度が3デシベルだけ弱くなります。

厄介なのは、電波の世界では、受信アンテナにおいても送信者側の偏波を表示することになっていることです。例えば、GPSのRHCP電波を受信するアンテナは、RHCPと表記されます。さらに、光の世界では、受信者側の偏波を表示することになっていて、混乱を招いています。

プリント基板線路(マイクロストリップライン)のインピーダンスは、その線路幅が細いほど高くなります。このアンテナを観察すると、マッチング回路とスパイラルアンテナ部との接合部がとても細いことから、このアンテナ部の共振時インピーダンスはとても高いといえます。アルキメデスアンテナは、インピーダンスマッチ回路が大きくなるので、持ち運びや保管が不便です。

overview of circular-polarization antenna experiment

アンテナの測定

ここで、ネットワークアナライザを、S11散乱パラメータ測定モードに設定します。これは、複数ポートを持つネットワークアナライザのポート1から電波放射し、同じポート1にてその電波を受信して、その振幅や位相を測定するモードです。この相対振幅が小さければ、電波をよく空間に放射しているか、アンテナ内部抵抗体が電力消費しているかの、いずれかです。

このアンテナは10 GHzまで利用できることになっていますが、このネットワークアナライザの制限により、上限周波数を4.5 GHzに設定しています。この表示は、LogMag(対数強度、ログマグ)表示と呼ばれるもので、横軸に周波数、縦軸にアンテナに吸収され放出されるデシベル単位の電力を表しています。縦軸の値が小さいほど、電波がよく放射されて、嬉しいです。目印として、マーカ1を1 GHz、マーカ2を2 GHz、マーカ3を3 GHzに設定しています。周波数400 MHzから4.5 GHzの全域で、LogMag値がほぼ-10デシベル以下でした。これは、全電力の9割以上が電波放射されていると考えられますので、良い特性だと思います。

overview of circular-polarization antenna experiment

次は、スミスチャート表示です。これは、水平軸左方向に抵抗成分を、時計回り方向に正のリアクタンス成分をとり、周波数変化に対するインピーダンス軌跡を表したものです。インピーダンス基準を50オームに設定しましたので、この軌跡が中央部分のインピーダンス50+j 0オーム点に集まるほどインピーダンス整合して、このアンテナは広帯域利用できるといえます。一方、ポート1がオープン状態やショート状態とき、抵抗成分またはリアクタンス成分が大きくなるので、この軌跡は外周に張り付きます。

overview of circular-polarization antenna experiment

実は、私が購入した3本のアンテナのうち、ひとつはマッチング回路とスパイラルアンテナ部との接続部が破損していました。スミスチャートを見て、この断線に気づきました。そこで、ドリルチップでこの接続部近辺に0.8ミリメートルの穴をあけ、リード線で接続して、修理しました。ネットワークアナライザはとても高価な測定器ですが、トラブルシューティングのためにも、是非とも所有したいところです。私は、より安価なネットワークアナライザSV6301(1 MHz-6.3 GHz)も持っています。これは、小型軽量で充電式電池が内蔵されている上に、必要となる較正キットも付属していて、私は屋外測定に利用しています。小型ネットワークアナライザSARK-110(100 kHz-230 MHz)も持っています。

円偏波アンテナ伝送実験

ここで、ネットワークアナライザをS21モードにします。これは、ポート1から電波放射して、ポート2で受信するモードで、このポート間の減衰と位相回転を測定するモードです。ここでは、ポート1にRHCPアンテナを接続しました。一方、ポート2に同軸ケーブル切替機を接続し、LHCPアンテナとRHCPアンテナを切り替えられるようにして、特性比較を容易にしました。送受信アンテナ間距離は、約80センチメートルです。

overview of circular-polarization antenna experiment

ここで、2つの受信アンテナが接触しています。S11散乱パラメータ測定の際、アンテナエレメントに手を触れても特性があまり変わらなかったので、接触による影響は軽微だと考えています。

はじめに、このRHCPアンテナからの電波をLHCPアンテナで受信してみます。表示をLogMagにし、例として、マーカを2 GHzに設定しました。横軸は周波数、縦軸は送受信間の伝搬損を表します。マーカ周波数での伝搬損が47.7デシベル…やけに大きいぞ。

overview of circular-polarization antenna experiment

次に、RHCPアンテナ受信に切り替えました。伝搬損は31.5デシベルでした。

overview of circular-polarization antenna experiment

RHCPにて放射した電波は、LHCPにて受信され、RHCPでは受信されにくいはずです。ここでは、まさかの逆の結果になりました。

送信RHCPアンテナを受信アンテナの背後においたら、RHCPアンテナの受信レベルがLHCPアンテナの受信レベルを上回るはずです。しかし、そのようにはなりませんでした。

理由はわかりません。私が何か勘違いしているかもしれません。

マイクロストリップアンテナ

私は、大学4年生の卒業研究の際に、アンテナ研究者の大嶺さんに憧れて三菱電機に就職した富永さんと一緒に、マイクロストリップアンテナを作っていました。これは、そのときのアンテナのひとつです。

overview of circular-polarization antenna experiment

これは、ハシゴ型ハイブリッド回路で90度の位相差を作り、90度だけ離れたパッチ部の2箇所に給電するターンスタイル型にて、RHCP電波を受信するアンテナです。パッチ縁端部の共振時インピーダンスは、計算上、370オームになる見込みでしたので、50オームへのインピーダンス整合させるためのスタブをつけました。その前に、一点給電のアンテナを試作しましたが、スタブからの電波放射が大きくて、このアンテナの良好な指向性特性は期待できなかったのですが、円偏波の実験をしてみたかったのです。GPS電波の受信を目指していました。

実は、このアンテナは、ハシゴ型ハイブリッド回路を構成する50オーム線路と36オーム線路が逆になっているため、期待通りには動作しませんでした。私の設計ミスです。

このほかにも、縮退分離素子による一点給電円偏波アンテナや、高次モード利用アンテナなど、多くのアンテナを試作できる機会に恵まれ、楽しかったです。学生の無茶で誤りの含まれる実験に対しても、快く材料や設備をご提供いただき、また、行き詰まったときにさりげなくアドバイスをくださりながら、貴重な経験をさせてくださった日本アンテナの方々に、とても感謝しております。またアンテナの設計や製作をしてみたいです。

最後に 

久しぶりにアンテナに夢中になりました。勉強しなおしたり、新しく勉強することになりましたが、楽しかったです。