日本の離島に対するみちびきCLAS対流圏遅延補強情報
はじめに
準天頂衛星みちびきは、GPSのような測位信号を放送するだけでなく、その測位精度を高める信号も送信しています。何らかの手段にて測位精度を高めることを、衛星測位では「補強」と呼びます。みちびきは3種類の補強信号を放送しますが、ここでは、日本国内を対象にしたセンチメータ級測位補強サービスCLAS(centimeter-level augmentation service、シーラスと呼称します)について、特に日本の離島において利用できるかをQZS L6 Toolを使って考えてみます。
CLASの地域固有補強を行う対流圏遅延情報
CLASによる測位補強は、衛星に関するものと、日本の地域固有のものとに大別されます。後者は、コンパクトネットワーク識別(NID: network identification)と、それに属する「グリッド」にて管理されます。以前に、このグリッド座標を地図上にプロットしてみました。
CLAS受信機は、はじめに大まかな受信機座標からその座標に属するNIDを判断し、それに属する複数グリッドのうちの最も近い3から4のグリッドを探索します。そして、それらの距離によるグリッド値の重み付けにより、地域固有の補強を行います。
ところで、現在のCLAS仕様書IS-QZSS-L6-004(2021-07-14発行)の変更履歴(revision history)によると、4版にて13以上のNIDが削除されています。では、それ以前には、NID 13以上の地域に対する補強情報は放送されていたのでしょうか。
現在のCLAS対流圏遅延補強情報
そこで、現在、放送されている補強情報を確認してみます。QZS L6 ToolをGitHubからダウンロードして、そのpython
ディレクトリにて次のコマンドを実行します。
cat ../sample/2022001A.l6 | ./qzsl62rtcm.py -t 1| grep NID | sort | uniq
これは、サンプルにある、2022年1月1日0時UTCから1時間分のCLAS補強情報について、NIDを含む情報をQZS L6 Toolで解析するものです。ファイル名の001
は1月1日からその日までの日数を、A
はUTC時刻0時を表します。B
ならば時刻1時であり、同様にX
ならば時刻23時を表します。対流圏遅延補強情報を表示するために、QZS L6 Toolのトレースオプション-t
を1に設定して、詳細情報を観測します。CLAS補強情報は、30秒間にて一通りの情報を伝達するため、この1時間の補強情報には120セットの情報が含まれます。そこで、grep
により文字列NIDを含む行を抽出して、sort
にて文字列のアルファベット順に並べ替えた上で、uniq
により重複を取り除きました。これを実行すると、次の結果を得ます。
ST11 NID=1
ST12 tropo=0b11 stec=0b11 NID=1 ngrid=8
ST12 tropo=0b11 stec=0b11 NID=10 ngrid=23
ST12 tropo=0b11 stec=0b11 NID=11 ngrid=19
ST12 tropo=0b11 stec=0b11 NID=12 ngrid=2
ST12 tropo=0b11 stec=0b11 NID=2 ngrid=11
ST12 tropo=0b11 stec=0b11 NID=3 ngrid=32
ST12 tropo=0b11 stec=0b11 NID=4 ngrid=15
ST12 tropo=0b11 stec=0b11 NID=5 ngrid=15
ST12 tropo=0b11 stec=0b11 NID=6 ngrid=27
ST12 tropo=0b11 stec=0b11 NID=7 ngrid=22
ST12 tropo=0b11 stec=0b11 NID=8 ngrid=20
ST12 tropo=0b11 stec=0b11 NID=9 ngrid=18
サブタイプ12(ST12)の補強情報には、NID 1から12までのすべてが含まれています。例えばNID=1の行に着目したとき、対流圏遅延(troposphere delay)タイプのビットイメージが11
となっています。これは、CLAS仕様書IS-QZSS-L6-004の53ページの表4.1.2-36によると、一番高精細な補強が選択されていることを表します。また、傾斜総電子数(STEC: slant total electron content、エステックと呼称します)タイプのビットイメージについても同様です(55ページ、表4.1.2-38)。含まれるグリッド数(ngrid: number of grids)は8です。NIDが13以上のものはありませんでした。沖縄の離島を表すNID=1については、サブタイプ11(ST11)の"Compact SSR GNSS Combined Correction"も付加していました。
CLAS仕様書3版の頃の対流圏遅延補強情報
それでは、NID 13から19までが削除される以前に、これらの地域の対流圏遅延補強情報が伝送されていたのでしょうか。それを確かめるために、みちびきアーカイブデータを用います。このページにて2021年7月14日以前の日付、例えば2021年1月1日0時UTCを入力して、または、API(application interface)を用いcurl
やwget
にてL6ファイルをダウンロードします。
curl https://sys.qzss.go.jp/archives/l6/2021/2021001A.l6 -o 2021001A.l6
このL6ファイルに対して、同様に対流圏遅延補強情報を抽出してみます。
cat 2021001A.l6 | ./qzsl62rtcm.py -t 1 | grep NID | sort | uniq
ST11 NID=1
ST12 tropo=0b11 stec=0b11 NID=1 ngrid=8
ST12 tropo=0b11 stec=0b11 NID=10 ngrid=23
ST12 tropo=0b11 stec=0b11 NID=11 ngrid=19
ST12 tropo=0b11 stec=0b11 NID=12 ngrid=2
ST12 tropo=0b11 stec=0b11 NID=2 ngrid=11
ST12 tropo=0b11 stec=0b11 NID=3 ngrid=32
ST12 tropo=0b11 stec=0b11 NID=4 ngrid=15
ST12 tropo=0b11 stec=0b11 NID=5 ngrid=15
ST12 tropo=0b11 stec=0b11 NID=6 ngrid=27
ST12 tropo=0b11 stec=0b11 NID=7 ngrid=22
ST12 tropo=0b11 stec=0b11 NID=8 ngrid=20
ST12 tropo=0b11 stec=0b11 NID=9 ngrid=18
ここにNID 13から19の情報はありませんでした。このときには、すでに、北海道の離島、沖縄県の離島、島根県の離島に対する補強サービスは終了していたようです。
他の日時でも試してみましょう。CLAS仕様書3版が発行された翌日である2020年8月21日0時UTCのL6ファイル2020234A.l6
を同様にダウンロードして解析してみます。
curl https://sys.qzss.go.jp/archives/l6/2020/2020234A.l6 -o 2020234A.l6
cat 2020234A.l6 | ./qzsl62rtcm.py -t 1 | grep NID | sort | uniq
ST11 NID=1
ST9 correct_type=1 correction_range=0 NID=1 quality=1 ngrid=8
ST9 correct_type=1 correction_range=0 NID=10 quality=13 ngrid=23
ST9 correct_type=1 correction_range=0 NID=10 quality=14 ngrid=23
ST9 correct_type=1 correction_range=0 NID=10 quality=15 ngrid=23
ST9 correct_type=1 correction_range=0 NID=10 quality=16 ngrid=23
ST9 correct_type=1 correction_range=0 NID=11 quality=10 ngrid=19
ST9 correct_type=1 correction_range=0 NID=11 quality=11 ngrid=19
ST9 correct_type=1 correction_range=0 NID=11 quality=8 ngrid=19
ST9 correct_type=1 correction_range=0 NID=11 quality=9 ngrid=19
ST9 correct_type=1 correction_range=0 NID=2 quality=13 ngrid=11
ST9 correct_type=1 correction_range=0 NID=2 quality=14 ngrid=11
ST9 correct_type=1 correction_range=0 NID=2 quality=15 ngrid=11
ST9 correct_type=1 correction_range=0 NID=2 quality=16 ngrid=11
ST9 correct_type=1 correction_range=0 NID=2 quality=17 ngrid=11
ST9 correct_type=1 correction_range=0 NID=2 quality=18 ngrid=11
ST9 correct_type=1 correction_range=0 NID=3 quality=10 ngrid=32
ST9 correct_type=1 correction_range=0 NID=3 quality=11 ngrid=32
ST9 correct_type=1 correction_range=0 NID=3 quality=9 ngrid=32
ST9 correct_type=1 correction_range=0 NID=4 quality=11 ngrid=15
ST9 correct_type=1 correction_range=0 NID=4 quality=12 ngrid=15
ST9 correct_type=1 correction_range=0 NID=4 quality=13 ngrid=15
ST9 correct_type=1 correction_range=0 NID=4 quality=14 ngrid=15
ST9 correct_type=1 correction_range=0 NID=5 quality=11 ngrid=15
ST9 correct_type=1 correction_range=0 NID=5 quality=12 ngrid=15
ST9 correct_type=1 correction_range=0 NID=5 quality=13 ngrid=15
ST9 correct_type=1 correction_range=0 NID=6 quality=10 ngrid=27
ST9 correct_type=1 correction_range=0 NID=6 quality=11 ngrid=27
ST9 correct_type=1 correction_range=0 NID=7 quality=6 ngrid=22
ST9 correct_type=1 correction_range=0 NID=7 quality=7 ngrid=22
ST9 correct_type=1 correction_range=0 NID=7 quality=8 ngrid=22
ST9 correct_type=1 correction_range=0 NID=7 quality=9 ngrid=22
ST9 correct_type=1 correction_range=0 NID=8 quality=10 ngrid=20
ST9 correct_type=1 correction_range=0 NID=8 quality=11 ngrid=20
ST9 correct_type=1 correction_range=0 NID=8 quality=12 ngrid=20
ST9 correct_type=1 correction_range=0 NID=8 quality=13 ngrid=20
ST9 correct_type=1 correction_range=0 NID=8 quality=9 ngrid=20
ST9 correct_type=1 correction_range=0 NID=9 quality=10 ngrid=18
ST9 correct_type=1 correction_range=0 NID=9 quality=11 ngrid=18
ST9 correct_type=1 correction_range=0 NID=9 quality=9 ngrid=18
ST9 correct_type=1 correction_range=1 NID=12 quality=0 ngrid=2
ST9 correct_type=1 correction_range=1 NID=14 quality=0 ngrid=1
ST9 correct_type=1 correction_range=1 NID=15 quality=0 ngrid=1
ST9 correct_type=1 correction_range=1 NID=16 quality=0 ngrid=1
ST9 correct_type=1 correction_range=1 NID=17 quality=0 ngrid=1
ST9 correct_type=1 correction_range=1 NID=18 quality=0 ngrid=1
ST9 correct_type=1 correction_range=1 NID=19 quality=0 ngrid=1
サブタイプ12ではなく、サブタイプ9(Compact SSR Gridded Correction Message)にて対流圏遅延が表現されています。
NID 14から19までの情報もありました!しかしながら、NID 12(小笠原諸島)とともに、correction_range=1
かつquality=0
となっています。これらは、IS-QZSS-L6-004の45ページによると、STECと対流圏遅延の分解能correction_range
はともに7ビット(通常は16ビット)と低くなっています。また、87ページの5.4.3節や84ページの5.4.2節によると、この大気補正品質表示quality
は未定義(他のNIDのそれは9から16であり、user range accuracyでは2ミリメートルから8ミリメートルに相当します)を表します。quality
はゼロ以外では小さいほど高精度といえます。
ここでも、NID 13(北方領土)関する補強情報は見当たりませんでした。同じNIDを表す行が複数あるのは、この1時間の間にquality
の値が変化したためです。
また、2019年1月1日0時UTCのものも試してみました。冬場であり、電離層活動が活発でないせいか、quality
は1から12とuser range accuracyがさらに良好でした。ここでも、NID 13の補強情報はなく、NID 12から19までの補強情報のqualityはゼロを示していました。
なお、ドラフト版のうちの2016年3月28日と2018年8月31日、および、1版(2018年11月5日)にてNIDやそのグリッドに変更があったようですので、解析には注意が必要です。CLASメッセージには、グリッド座標定義に対するバージョン番号は含まれません。
まとめ
みちびきCLAS補強情報のうち、地域に関する補強情報をみちびきアーカイブデータを用いて確認しました。以前は、user range accuracyが未定義ではあるものの、竹島、北大東島、魚釣島、硫黄島、南鳥島、沖ノ鳥島に対する補強情報も放送されていたことがわかりました。私が確認した範囲では、北方領土に関するNIDは定義されているものの、放送はされていなかったようです。南大東島のNIDは2ですが、そばにある北大東島に別途NID 15を定義していたのはなぜでしょう。
また、NID 12(小笠原諸島)に対する補強情報は現在も放送されていますが、user range accuracyは未定義になっていました。
サブタイプ8と9の従来フォーマットから、サブタイプ12の圧縮フォーマットへの変更により、補強対象衛星数を増えて、CLASはより使いやすくなりました。もしかしたら、サブタイプ12へのフォーマット変更の際に、使用頻度の少ないNIDを削除したことも、補強対象衛星数増加に寄与したのかもしれません。
CLAS仕様書に補強対象衛星数の最大値は定義されていませんので、更なる工夫により、現在のメッセージフォーマットのままで衛星数を増やせる可能性もあると思います。
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