緊急自動起動テレビ

背景

地震や津波が発生する恐れのあるとき、地方自治体や気象庁などの要請により「緊急警報放送」が行われる。日本のNHKなどが提案し、ブラジルやアルゼンチンなどでも採用されているISDB-T (Integrated Services Digital Broadcasting−Terrestrial)地上ディジタルテレビ方式には、緊急時にテレビ受信機の電源を自動的にオンにしてニュースチャネルに切り替えることができる。この機能はEWS(Emergency Warning System)と定義されている。このテレビ自動起動の根本原理は、受信チューナ部を常に動作状態にして、放送局が送信する特定フォーマットの自動起動信号を待機受信することにある。ISDB-Tでの放送信号はOFDM(Orthogonal Frequency Division Multiplexing)による5,617サブキャリヤにより伝送される。緊急状態の有無を表す情報は、放送局が送信する「制御信号」の一つであるTMCC (Transmission and Modulation Configuration Control)情報内に含まれ、放送局は合計52サブキャリヤにて同一のTMCC情報を伝送している。従って、1サブキャリヤ以上のTMCC信号のみを確実に受信すれば緊急警報放送による自動起動が実現できる。TMCC情報は204ビット長のDBPSK(Differential Bi-Phase Shift Keying)変調されたディジタルデータであり、一般に使用されるモード3では、992ビット/sの伝送レートで約0.2秒ごとに巡回的に放送されている。

しかし、この機能には受信機でのビット誤りにより頻繁な警報(誤警報)を発する課題があった。自動起動信号を確実に検出するために警報判断基準を緩めれば、受信ビット誤りによる誤警報が頻発する。一方、誤警報を軽減するために警報判断基準を厳しくすれば、警報の見逃しが頻発する。したがって、自動起動の判定には、警報見逃し低減と誤警報抑圧との間にトレードオフの関係があった。この誤警報の存在が、低消費電力を求められる移動受信へのEWS自動起動の普及を阻んできた。受信チューナやその制御回路の消費電力は、その他の回路の消費電力よりも充分に小さいので、誤警報確率を1桁削減できれば待機消費電力をほぼ1桁だけ削減できる見込みがある。

研究代表者は、TMCCにある82ビット長のパリティに着目した。これは121ビット長のTMCC情報の誤りを訂正するためのもので(残りの1ビットはフレーム先頭に配置されたDBPSK復調の位相基準である)、電源オンのテレビではTMCC情報の誤り訂正に用いられ、電源オフのテレビでは利用されていなかった。テレビ放送局がテレビに対して自動起動を指示するとき、TMCC情報の先頭から26ビットにある「緊急警報用自動起動フラグ」をオンにするが、同時にTMCC情報の誤り訂正のために用意されたパリティの一部が変化する。研究代表者は、1ビットの自動起動フラグとそれらの変化する複数パリティとの間の多数決により、自動起動フラグの状態を高信頼に判定するアイディアに至った。

実験装置

研究の目的

研究代表者は、このキーアイディアを発展させて、ディジタルテレビ放送により伝達された緊急警報放送信号の存在「のみ」を確実にキャッチできる技術的方法に的を絞り研究を進めてきた。具体的には、その構成要素となる次の3つの課題の結論を得ることを本研究課題の目標に設定した。 1. 従来型のDBPSK(Differential Bi-Phase Shift Keying)復号よりも圧倒的に低ビット誤り率で自動起動フラグを復号し、かつ、低消費電力に待機受信できる復号方法 2. 多数の制御情報サブキャリヤを分離・合成できるベースバンド変換方法 3. 復号方法とベースバンド変換方法を協調動作させて、低消費電力かつより確実に動作する緊急警報放送受信機の構成方法

研究の方法

すなわち、本研究課題は 1. 緊急警報放送に付随するテレビ自動起動信号を低誤り率かつ低消費電力にて待機受信できる方法、2. 多数の制御情報サブキャリヤを分離合成できるベースバンド変換方法、3. 復号法法とベースバンド変換方法を協調動作させて低消費電力かつ確実に動作する受信機構成方法、からなる。希望する3年間の研究機関において、初年度は1.のテーマを、次年度は2.のテーマを、そして最終年度は3.のテーマを主に実施する計画であった。現実の自動起動信号の発生頻度は極めて低いため、設定した課題に対してその特性を解析的に明らかにすることに研究の主眼を置いた。一方、現実の課題を解決するためにコンピュータシミュレーションやISDB-T放送電波発生機などを用いた実測も併用して研究を進めた。

研究成果

  1. 従来のDBPSK復号方法と比較して、圧倒的に低い誤警報確率にて自動起動信号を受信する方法を提案した。提案法の評価は、受信機が誤って警報を発する確率「誤警報確率」と、警報発生時に受信機がその警報を見逃す確率「見逃し確率」、との2確率の数値評価により行う。本研究課題を通して、この両確率の低減を目指した。提案法は、電波強度の指標であるEb/N0が20 dB程度の弱電波強度下においても、従来法と比較して誤警報確率を3桁以上低減できることを明らかにした(図1a)。一方、提案法は見逃し確率を増加させないことを示した(図1b)。 Eb/N0に対する誤警報確率の比較。1-bitは自動起動フラグのみ判定、error correctionは自動起動フラグに対してパリティにより誤りを訂正、parityは提案法をそれぞれ表す。
  2. さらに見逃し確率をも低減するために、周波数方向に配置された複数サブキャリヤに最大比合成ダイバシチを適用する効果を明らかにした。このサブキャリヤダイバシチは、見逃し確率と誤警報確率の両方を低減でき、さらに提案法と相補的に誤警報確率を低減できることを示した。
  3. さらに、これまで伝送シミュレーションにより求められてきた従来の誤り訂正によるビット誤り率特性の解析式を導出した。TMCC情報の誤り訂正符号として差集合巡回符号が用いられていることを応用して、誤り訂正後のビット誤り率をビット多数決の確率分布にて等価表現した。
  4. テレビ放送局に対して、運用規定等の規制範囲内でのフォーマット変更を行うことで、受信機がより確実に自動起動信号を抽出できることを示した。具体的にはこれまで着目されてこなかった「ネクスト情報」および「異なる伝送モード」を活用する方法を提案した。具体的には、放送局が放送するTMCC信号のうちネクスト情報や伝送モード変更に伴うパリティ変化も受信機で観測することにより、自動起動信号の状態をより高信頼に推定する方法である。
  5. 日本のディジタルテレビ放送には、もう一つの警報「緊急地震速報」がある。本研究課題の中で、新しい緊急地震速報信号の検出方法を考案した。この自動起動信号は、もう一つの制御信号であるAC(Auxiliary Channel)信号上に配置される。緊急地震速報とは異なり、この緊急地震速報信号には自動起動の情報のみならず震度・震源・地域の情報をも含むため、そのままではAC情報のパリティを自動起動信号の状態推定には応用できなかった。研究代表者は、終了状態を表す信号が「いわゆる終わったこと」を表すために、情報をほとんど含まないことに着目した。この終了信号の高信頼検出を目指し、終了以外の状態のときに自動起動信号がオンであると再定義して、本研究の成果を緊急地震速報の自動起動信号検出に応用した。
  6. PCおよびISDB-T信号発生器を用いた予備実験により、通常時においては緊急警報放送の復号アルゴリズムよりもむしろ、その他の付加的動作(例えば電子番組表の自動取得など)の実装依存部分の消費電力が大きいことを確認した。
  7. また、緊急警報放送および緊急地震速報の自動起動信号のみを効率的に受信する低IF受信機の構成方法を提案した。OFDMテレビ放送信号から、TMCC信号サブキャリヤおよびAC信号サブキャリヤのみを効率良く抽出するために、あらかじめこれらの周波数テーブルを持ち、低IF受信機の信号とこの周波数テーブル行列要素との積和計算を時分割にて行うことにより制御信号サブキャリヤを一括復調するものである(図2)。 提案するベースバンド信号変換方法。低IF受信機に付加してTMCC制御信号サブキャリヤおよびAC制御信号サブキャリヤを効率的に一括復調する。 以上より、本研究開始当初に挙げた目標を達成できたと自己評価している。本研究課題を通して、これらの多くの成果を挙げることができたのは科学研究費補助金制度のおかげである。ここにお礼を申し上げる。

主な発表論文等

〔雑誌論文〕(計 1 件) [1] Satoshi Takahashi, “Detection of EEW wake-up signal with AC parity for ISDB-T television receivers,” IEICE Communication Express (ComEX), vol.5, no.7, pp.203-208, July 2016. DOI: 10.1587/comex.2016XBL0068

〔学会発表〕(計 18 件)

  1. 高橋 賢, “複数の制御信号サブキャリヤを周波数ダイバシチ合成するISDB-T移動テレビ受信機の緊急自動起動信号受信方法の比較,” 電子情報通信学会技術研究報告, CS2016-45, Nov. 2016. KKR函館(北海道)
  2. 高橋 賢, “ISDB-T移動テレビ受信機におけるTMCC信号の受信方法,” 映像情報メディア学会年次大会, 12D1, Aug. 2016. 三重大学(三重県)
  3. 高橋 賢, “ISDB-T移動テレビ受信機のための制御信号受信方法,” 電子情報通信学会技術研究報告, CQ2016-52, Aug. 2016. 筑波山温泉(茨城県)
  4. Satoshi Takahashi, “Detecting broadcaster transmitted earthquake early warning signal with AC Parity for ISDB-T digital television receivers,” IEICE Information and Communication Technology Forum (IEICE ICTF 2016), pp.1-4, July 2016. パトラス(ギリシャ) http://i-scover.ieice.org/iscover/ page/ARTICLE_INTER_CONF_ICTF_2016_A2-4
  5. Satoshi Takahashi, “Detection of earthquake early warning on ISDB-T terrestrial digital television signals with majority decision,” IEICE Technical Report, SR2016-25 (SmartCom 2016), May 2016. オウル(フィンランド)
  6. 高橋 賢, “緊急警報放送信号の同期バーストを活用したISDB-T緊急地震速報信号の検出方法,” 電子情報通信学会総合大会, B-8-59, March 2016. 九州大学伊都キャンパス(福岡県)
  7. 高橋 賢, “パリティ用いたISDB-T緊急地震速報信号の一検出方法,” 電子情報通信学会ソサイエティ大会, B-8-2, Sept. 2015. 東北大学川内北キャンパス(宮城県)
  8. 高橋 賢, “ISDB-T地上ディジタルテレビにおいて緊急警報放送信号との同時受信を行う緊急地震速報信号の検出方法,” 電子情報通信学会技術研究報告, CS2015-39, Sept. 2015. 岩手県公会堂(岩手県)
  9. Satoshi Takahashi, “Comparison of two majority determination methods of detecting emergency wake-up trigger for ISDB-T terrestrial digital television receivers,” The International Wireless Communications & Mobile Computing Conference (IWCMC 2015), pp.194-198, Aug. 2015. ドゥブロブニク(クロアチア) DOI: 10.1109/IWCMC.2015.7289081.
  10. Satoshi Takahashi, “Detection of emergency wake-up trigger signal with TMCC parity and subcarrier frequency diversity for ISDB-T digital television receivers,” 10th Asia-Pacific Symposium on Information and Telecommunication Technologies (APSITT 2015), pp.1-3, Aug. 2015. コロンボ(スリランカ) DOI: 10.1109/APSITT.2015.7217106.
  11. 高橋 賢, “ISDB-T地上ディジタルテレビ受信機におけるACパリティを用いた緊急地震速報信号の検出,” 電子情報通信学会技術研究報告, CS2015-35, July 2015. イーフ情報プラザ(沖縄県)
  12. 高橋 賢, “セグメント内サブキャリヤダイバシチを用いたISDB-T緊急警報放送信号の検出,” 電子情報通信学会総合大会, B-8-29, March 2015. 立命館大学(滋賀県)
  13. 高橋 賢, “ISDB-Tディジタルテレビにおける伝送モードの異なる緊急警報放送信号の検出方法,” 電子情報通信学会技術研究報告, CS2014-93, Feb. 2015. 鳥取大学(鳥取県)
  14. 高橋 賢, “[特別講演] ISDB-T地上デジタルテレビでの緊急警報放送信号の受信および放送方法,” 映像情報メディア学会技術報告, BCT2014-85, Nov. 2014. NHK広島放送局(広島県)
  15. Satoshi Takahashi, “A novel method of determining EWS wake-up trigger for ISDB-T digital television receivers,” The 10th IEEE International Conference on Wireless and Mobile Computing, Networking and Communications (WiMob 2014) Workshop on Emergency Networks for Public Protection and Disaster Relief (EN4PPDR 2014), pp.407-412, Oct. 2014. ラルナカ(キプロス) DOI: 10.1109/WiMOB.2014.6962193.
  16. Satoshi Takahashi, “Detection performance of emergency wake-up signal with frequency diversity for ISDB-T digital television receivers,” IEICE Technical Report, SR2014-86 (SmartCom 2014), Oct. 2014. シンガポール
  17. 高橋 賢, “32キロポイントFFTでのISDB-T緊急警報放送信号の検出特性,” 電子情報通信学会ソサイエティ大会, B-8-40, Sept. 2014. 徳島大学(徳島県)
  18. 高橋 賢, “ISDB-Tディジタルテレビ放送の緊急警報におけるネクスト情報の活用,” 電子情報通信学会技術研究報告, CS2014-50, Sept. 2014. 東北大学(宮城県)
作成日: 1st May 2017